仕立屋と恋人

私は風船を結ばない。来て欲しい死者なんかいないもの。死者達が空から降りる夜。空を見上げてしまうのが恐くて、私はひたすら仕事する。仕事があってよかった。氷涼祭は私の数少ない弱点の1つかもしれない。

私の話をしようか。

昔々あるところに、私と彼氏がいました。いいじゃない。恥ずかしいのよ。これくらいのわざとらしさ許して?
彼氏っていうより、婚約者かな。結婚の約束をして、指輪も貰ってた。私は自分のドレスを縫い始めていて、それは一世一代の大傑作になるはずだったの。
今思えばなんて死亡フラグって感じよね。けれどその頃の私はとにかく幸せで、全てのものに感謝すらしていた。
え?今から想像できない?
まーね。この物語の結末は、私の性格を多少曲げちゃうくらいの出来事ではあったってことよ。
もったいぶっても仕方ないから簡単に言うとね、彼、死んだの。死んじゃったのよね。
もうホント、安易な展開でごめんなさい。あの人、お花見の待ち合わせしてた桜の木の下で死んでたのよ。桜に死体。風流すぎて実にあの人らしいって思ったけど、この話はおいておきましょう。
結婚式は5月にあげるはずだったのにね。
それからの私は、きっと今からは想像できない有様だったと思う。何かを考えるどころか、服を仕立てることすら出来なくなってしまったの。少しでも元気だせ るようにって、私を外へ連れ出そうと頑張ってくれてる人もいたけれど。無理だった。元気がないっていうより心がなかったの。
そんなある日のことだった。

そのポスターは、饂飩屋さんに貼られてた。きつね橋付近のそのお店。評判のお店のようだったけれど、その時の私には味なんかわからなくて。
氷涼祭。あんり意識したこともなかったそのお祭り。
ポスターに私は釘付けになった。そうだ死者が帰ってくるのだ。死者が帰ってくる。それは彼が帰ってくるということ。
私はその日をが楽しみになった。
そしてね、やるべき事をやりたい。そう思ったの。仕事を再開した。注文はあんまり受けなかったけれど、毎日毎日、針を動かした。そう、解るわよね。
ドレスを、完成させるのよ。
このドレスを着て、彼と会う。それがその時の私の全てだった。きっと、あの日の続きを、はじめられると信じていたんだ。なんの意地悪な出来事もなく、きちんと日々は過ぎ、祭りの日も滞りなくやってきた。
私は約束通り、家の前に風船を掲げて彼を待つ。彼はやってきた。なんの迷いもなく、私の家の前に着地して「久しぶり」なんてさも何ごともなかったように笑ってみせた。まさにあの日の続きだった。

私は完成させたドレスを纏って、彼と結婚式を挙げた。幸せだった。日々は、あっという間に過ぎてゆく。タイムリミットのある逢瀬が今日で最終日だということに気がつかなかったのは、きっと気づきたくなかったからだと思う。
白鴉がワタる。
お互いにお別れを言えないまま、手を握る。私達、この3日間、なにひとつ未来のことを話さなかった。お茶がおいしいねとか、あの本が面白かったとか。貴方の死や私の孤独について何一つ話し合わずに過ごしていたの。
風船を放せない。この手を離せない。さようならのことを話せない。彼は困ったように笑った。私は握った手に力を込める。
「いや」
小さく言う。これが精一杯。
「もう、いいよ」
彼はそう言うと、私を抱きしめた。彼の胸の中、空なんか見えない。けれど多分。白鴉はもう、いない。

どうなってしまうかなんてわかってた。ううん違う。知っていただけで本当は解ってなんかいなかった。
それから数日、私は彼と暮らした。穏やかな日々だった。お別れを認められない私は、彼との永遠の別れを惜しもうともしなかった。認めることが、出来なかったんだ。
けれど、奇跡なんて起こるはずがない。起こらないから奇跡なんだ。
ある日、二人で食事をとっていると、突然彼は消えた。スプーンがカランと落ちる音で、目の前の彼が消えたことを知ったんだ。彼が最後にどんな顔をしていたかすらわからないような、そんな唐突なお別れだった。
それからは、なんていうんだろう。廃人?
魂がない感じ。うーん、あんまりなくなるもんでもないからわかりにくいかしら。それでもどこかで期待してた。来年、また逢えるんじゃないかって。引き留められた霊は二度と帰ってこない。知っていたけど、でも、期待しちゃうのが乙女心。
一年が経った。あの人は、やっぱり、帰ってこなかった。

体は動きを止められるというのに心は止められない。彼が帰ってこなかったという現実について私は考え続けてた。
考えたって仕方ないのに。私はどうにかしてその現実から逃れたかったんだ。二人の関係にとどめを刺してしまったのは私だなんて、重すぎるでしょう。

カランカラン。

ダメな人生を送っていた私だから、お客なんてほとんどこなかったのに、ある日扉は開かれた。
「「おーい」」
子供の声、二つ。
「すみませーん」
大人の声。顔を出すとウサギの耳が3セット。そう、私とウサ耳宅配便親子との出会いだ。
風船が3つふわふわしてる。そうか、今日は氷涼祭。彼が消えてから2回目の氷涼祭。
「あのね」「浴衣」
「この子達に揃いのをお願い」
この中の誰が生きていて誰が死んでいるのかしら。なんて考えながら注文に応えていく。もしも彼も帰ってこれたなら。そうしたら今頃。
手が止まる。
「ちょっとあんた」
ウサ耳母が私の左手に右手を重ねた。
「「泣いてる!!」」
ふわふわ揺れる風船。
仕事はあんまりしていなかったけれど、客前で泣いた事なんてなかった。こういうのってタイミング?それとも運命?それは未だに謎だけれど、ここで泣いてしまったことは、私にはとても幸運なことだったのだと、今は思ってる。

駆け回るウサ耳宅配便sを気にも止めず、ウサ耳母は私の話に耳を傾けた。
ま、耳っていうか補聴器なんだけど。
「へー。この時期に風船もつけてないから何か訳ありかとは思ったけどそういうことなの」
ふんふん、とウサ耳母は少し考え込んだ。そして、どういうわけか笑ったのだ。
「いいじゃないそれくらい」
「え?」
「もう、あえないだけよ」
「だけ?」
意外だった。
「私、死人なのね」
更に意外な一言。
「もしも、娘達の願いを叶えて消 えてしまえるのならそれはそれで幸せだけれどね」
「だけどそれじゃ」
「でもそれを気に病まれるならちょっと辛いかもなあ」
「普通気にします」
「そう?」
「しますよ」
「それじゃあなたには覚悟がなかったのね」
「覚悟?」
「そ。逢えないだけで終わっちゃうような関係だったってこと」
「私は…」
「あ、怒った?ごめーん。つい言いたいこと言っちゃうのよね」
「覚悟は、なかったかもしれません」
「ねえ、覚悟ってなんの覚悟か解ってる?」
「彼を愛する覚悟?」
「愚かな娘よ、違うわ」
ウサ耳母は勝ち誇ったように笑っていた。
「二人で二人分以上幸せになる覚悟よ」
シャキーンって効果音がお似合いな右手を挙げたポーズでウサ耳母は宣言するようにそう言ったんだ。
「あんた自分のことしか考えてない。彼氏の気持ちも考えてみなよ」
胸に手をあてるウサ耳母。
「あんたの願いを叶えたくてもうこっちにこれないの承知してくれたんでしょ。大事なのはそこ。テストでるのはそこ。あんたは赤線引くとこ間違ってる」
だからいい点とれないのよって。
「でも」
「でも、何?」
「えーと」
「あたしが正しすぎて言い返せないでしょ」
確かに言い返す言葉が見つからない。
「「勝利!」」
いつの間にか側にきていたウサ耳宅配便sが万歳をする。調教、じゃない教育良すぎ。
「だけどね」
ウサ耳母は続けた。
「すぐに気持ちなんて変わらないでしょ?だからかくれんぼしてると思いなさい」
「かくれんぼ?」
「そう。鬼は彼。あんたが 逃げる方。彼と会えないのはそのせいね」
強引な。
「強引って思ったでしょー」
このウサ耳、心の声まで聞こえちゃうのかしら。
「「かくれんぼー」」
かくれんぼをはじめだしたらしいウサ耳宅配便s。
「っていうことでね」
私の手をとるウサ耳母。
「浴衣、可愛いのおねがーい。勿論お安くしてくれるわよねー?」
そうだった仕事。
「えー、仕事は別ですよ」
「何この子。さっきまでめそめそしてたクセにっ」
「サービスでもう一着大人用作ります作らせて下さい」
「やだーあんたいい子じゃなーい」
「じゃ、寸法とりますね」
こんなに仕事に前向きなのは久しぶりだった。
祭りが終わって、ウサ耳母が帰ってからも姉妹はやって来た。賑やかな毎日。私はなんていうの?「落ち込んだりもするけれど私は元気です」的な?それなりにボチボチやってた。氷涼祭の時期には胸が痛むけれど、少しずつ薄れていったんだ。
忘れてしまうことや終わらせてしまう事への罪悪感があるのなら抱えていればいい。解決できないことだって世界にはあるでしょう。終わらない問いに立ち向かい続けることは悪い事じゃない。急がないで考え続ければいい。私は、二人で二人以上分幸せになれる道を探してる。
これが私の物語。

カランカラン。扉が開いた。
「久しぶりー」
「「きたのー」」
ウサ耳親子だ。
「久しぶり」
「あらあら相変わらず辛気くさいわぁ」
「お祭り以外は素敵なおねーさんやってますー」
「ま、仕方ないわよねー。帰る前に寄りに来たわ」
ウサ耳母はこうやって毎年、私に会いに来る。
「なあに?風船も結ばないで。あたし歓迎されてなーい」
わかってる癖にそんなことを言って拗ねる。ウサ耳母は私の昔話を禁忌にしない。前に言ってたっけ。秘密にすればするほどそれは力を持ってしまうからって。そうかもしれない。
私はまだ、かくれんぼから逃れられない。隠れるのが上手すぎて見つからないふりを未だ続けてる。風船なんて目印は付けられない。かくれんぼの邪魔になっちゃうから。鬼がいないんじゃない。彼はこないんじゃない。見つけられないだけ。
それともうひとつ。こっそり思ってることがある。もしも万一、彼がいつか帰るとしたら。どこかで私を見てるとしたら。風船掲げて待ってる私を見るのはとて も辛いでしょう?それならなんでもないふりで、もう彼なんか忘れた素振りで、少しの寂しさと大きな安心をあげたいじゃない。

「あーんそろそろ帰らなきゃ」
風船を確認するウサ耳母。
「何これ」
風船のちょうど根本あたりを見つめる。私には何も見えない。どうやらウサ耳姉妹にも見えていない。ウサ耳母は見えない何かをそっとつまんだ。
「ほほう」
ニヤリと笑う。
「ホント、あんたの旦那性格悪いよね」

「実は死者の国で会ったの」
驚いた。
「あいつひどい男よ。自分が消えた事で奥さんは自分のこと一生忘れられなくなったに違いない、なーんて喜んでるんだから。叱ってやったわよ」
私は唖然とする。けれど確かに、そういうこと言いかねない人ではあったわ。
「それにしたってこれは。あたしに言付ければいいものを。うっかり気づかないところだったわ」
ウサ耳母は私の左手をとった。パントマイム?指輪をはめているような。だけど。
「あんたの旦那からの贈り物よ」
左の薬指、見えないけれど確かに、指輪の感触。
「あいつホント性格悪い。これじゃ忘れられなくなっちゃうじゃないってちょっとあんた。もうっ」
だって嬉しかったんだ。
「あんた、あたしの前じゃ泣いてばかりじゃない」
いつもはクールビューティーだからいいの。
「よしよし」
私、ようやく、鬼に見つけてもらえたみたい。

「ママ!」「時間!」
ウサ耳姉妹が騒ぎ始めた。
「そーね。あたしそろそろいくわ」
姉妹を抱きしめるウサ耳母。母親の顔。ぎゅっと泣くのを我慢するウサ耳姉妹。
「「またね」」
私なんかよりずっと大人に見える。
「来年も来て欲しい!」
「引き留めるなんてどあほだもん!」
前言撤回。
外に出ると、空には沢山の風船。綺麗。これ、布に出来ないかな。ふわりと空へと舞い上がるウサ耳母。
「旦那に伝えたいこと、なんかある?」
突然の質問に私 は困った。
「ねえ次は何をくれるの?って」
「了解!その子達、頼んだわよ」
その子達、は我慢しきれず泣きながら手を振る。

「うぐうぐ」「えぐえぐ」
二人の頭を撫でる。
「今日は泊まってく?」
「し、仕方ないの」「泊まってあげるの」
はいはい。
「「着替えてくるっ!!」」
準備万端整えてきてるクセに相変わらず恩着せがましいウサ耳宅配便s。きっとこのまま勝手にベットに入り込んで眠るだろう。そしてようやく。薬指の指輪に触れる。見えないし、触れない。ウサ耳母の演技じゃない、なんて保証はないけれど、信じる。彼女の事を信用しているからっていうこともあるけれど、だって、あって欲しいじゃない?だから、それでいいの。いいと思うんだ。

私の罪は消えない。そして彼の罪も。けれどそれでいいと思う。認めて、振り返らなければ、償えない。償いはしあわせ。一緒にいられない私達だけれど、一緒にしあわせにはなれるはず。だって、私が彼としたいのは恋愛で、触れ合いや依存は、一番じゃないもの。

それにね。指輪、嬉しかったんだ。

【このお話はツイッター内での企画『空想の街 氷涼祭』で書いたものです】